平成24年3月度活動報告

第32回全国大会 おきなわ那覇大会へ参加。 (13.03.08-10)

8日(金)~10日(日)の日程で沖縄県那覇市で開催された第32回全国大会 おきなわ那覇大会に参加しました。福井YEGからは22名で参加しました。

午前4時30分にメンバーを乗せたバスはJR福井駅東口を一路、大阪国際空港(伊丹空港)へ向けて出発。午前11時30分に予定通り沖縄那覇空港へ到着。まだまだ寒い福井と違う南国の景色や温暖な気温を胸一杯に吸って、これから始まる2泊3日の全国大会に向けて心が高ぶる瞬間でした。


初日はそのまま各分科会会場へ。到着時間の関係で参加できる分科会が限られていたのが残念ですが、全国から集まったYEG同志の熱い熱気を感じた瞬間でした。その後、清川日本YEG広報委員長が主催するYEG一揆祝賀会に参加のため、那覇空港近くの会員制レストラン「Seamen's Club Naha」へ。


Seamen's Club Nahaは、1945年 沖縄に駐留する海兵隊のために作られた「会員制レストラン」です。当時の沖縄としては「最高級のステーキ」や「フィレミニオンステーキ」を出す唯一のお店として、米軍関係者からとても愛されていました。ここでも、「ポータルサイトをジャックしたぞ!!」の大合唱と共に楽しい時間を過ごしました。


3月9日(土)
9日(土)は、いよいよおきなわ那覇大会のメインである記念式典 in 沖縄セルラースタジアムです。温暖な気候と、心地良いそよ風が吹く中、厳かな雰囲気で記念式典は開催されました。日本YEG尾山会長の話はいつ聴いても格好がいいです。


記念式典では「YEG一揆大作戦 表彰」が行われました。「YEG一揆大作戦」とは平成24年度広報委員会委員長の清川さんの事業で、「国家表彰に応募せよ!」のミッションのもと、全国403単会の中の20単会が正式に国家表彰にノミネートされ、その中から、たった1単会、子供若者支援部門を受賞されました。その単会は秋田YEG!秋田YEG工藤会長には純金メッキ(原価数万円)された賞状が尾山会長より手渡されました。

もう一つのミッションは昨年8月にオープンした文部科学省の子供と社会の架け橋(http://kakehashi.mext.go.jp/)の「ポータルサイトをジャックせよ!」

このミッションは企業と学校が地域の未来、子供たちも未来のために一緒になって働く厳しさ・喜びを伝えるキャリア教育事業のサイト(子供と未来の架け橋)の占有率を大企業よりもYEG企業で過半数を占めるミッション。全国の単会に呼びかけた結果、占有率50%を越え、文部科学省の野々村局長が全国大会でYEGを表彰するために、直々に表彰に来ていただき尾山会長を表彰されました。

最後に広報委員会のみなさんが壇上に並び、尾山会長さら総括をいただき、みんなで声高らかに「ポータルサイトをジャックしたぞ!!!」で締めました。清川委員長、大変お疲れ様でした。


大懇親会の会場はセルラースタジアム横の奥武山運動公園サブグラウンドなので大変広く、食事も多種多様な料理が屋台形式で用意され、あっと驚く屋台数でした。会場ステージでは沖縄地元のミュージシャンが演奏され、その中でも有名なキロロの名曲を玉城さんが熱唱され、みなさん感動されてました。


最後は尾山会長の呼びかけのもと、YEGを今年、卒業される方がステージに上がり、尾山会長発声の「綱領朗読・指針唱和」をみんなでやったり、玉城さんが再登場し「ベストフレンド」をみんなで歌い、感動のラストとなりました。僕もおもわず涙がこみあげ(普段あまり感動しない性格ですが)泣いてしまいました。【記事担当:岡山宇太郎】


3月10日(日)
10日(日)はフリータイム。那覇空港午後5時30分集合まで各自三々五々に散って沖縄を堪能しました。我々ゴルフ組は、朝5時に起きてザ・サザンリンクスゴルフクラブでリゾートラウンド。福井では見ることの出来ないシーサイドコースを堪能しました。

その後、時間があったので沖縄本島南部、南城市にある「糸数アブラチガマ」へ。ここは、本土の修学旅行生がよく訪れる有名な場所である。頭にはヘルメット、下はスニーカー、手には懐中電灯を装備し、いざ壕の入り口へ。


ここは戦争中に住民の非難場所であったり、陸軍病院でもあったり、軍隊も利用した鍾乳洞で、また、数々の戦争悲劇があった場所である。壕の入口からは生暖かい風がフッと吹いてきて、急な階段を数段下りれば漆黒の闇が広がる。慣れない我々は、懐中電灯片手に手探り状態で漆黒の闇の中を歩く。入った瞬間、物凄い湿気となんとも言えない空気感と息苦しさを感じながらベット・手術室・便所・死体置き場・炊事場を見ながら戦争中の様子などをイメージし、洞窟内を見てまわった。

こんなところで一体何人の島民が共に生活をし、堪え忍んでいたのか…。一体どれほどの病人や怪我人が収容されていたのか…。目を閉じて、その光景を想像すると、観光地沖縄に隠された本当の姿の一部を垣間見ることができた思い出となった。

約300m歩くと、壕の出口へ。壕の外は先ほどと変わらない南国の太陽と空気。外の空気は旨かった。沖縄は青い海と青い空だけではない、この場所も皆に知ってもらわなければならないと感じた瞬間でした。

その後、那覇空港で集合し、予定時間を約1時間遅れて空港を無事出発。深夜1時に元気な姿でJR福井駅に到着し、2泊3日おきなわ那覇大会は幕を閉じたのでした。【記事担当:山岸範之】


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